2019年3月17日日曜日

塾の様子、ついに、再開か?!

※印は、公開前チェック時に塾長が確認して入れているコメントです

 サーバーの故障なのか、それとも問題発言があったのか、あるいは放送禁止用語でも使われたのか、いや、もともと大した内容ではなかったせいなのかもしれません、しばらくの間「塾の様子」は閉鎖されておりましたが、新元号「令和」を記念する恩赦によって、どうやら「塾の様子」が再開される見込みとなりました。
※いや、マジでただのサーバ故障です

 おめでとう! 
 ありがとう!

と一方的ながら、コレをお読みのみなさんと、うれしく再会したいと思う次第です。お久しぶりでした。

え? 

アレはもういい、もういらない? そうですね。いよいよの時は、そっと静かに去って行く所存です(哀れ)。


 さて、この春、とても印象に残った事があります。

 高校を卒業して3年間ちかく社会人として働いた女子、というか女性の塾生(略して熟女・・はい・・問題発言!)が、塾で1年間勉強して、みごと看護学校に合格したことでした。

 高3の時に、成績を満たしているので推薦入学があると学校から伝えられていたにも拘わらず、「進学は自分の力で入試を乗り越えなければ認めない」というお父さんの考えと対立し、迷った末にバイト先への就職を決めたとの事。
 それから3年。思うところあって、昨年3月に、聖尋ゼミナールの重いドアを開きました。

※確かに、物理的に重い。もっと軽いドアにしないと、指挟んだとき危ないよね。

 午後に2時間程度の時間が取れるので(仕事先も応援してくれるという優しい配慮あり)、働きながら勉強して、看護学校に入学したいというのです。週2回。お金は、自分で出す。頑張る。・・・くうう、泣かせるじゃあ、ありませんか!

 泣かせてくれたのは、それだけじゃありません。学力も・・・・・・泣きました、わたし(講師)。

 ある日、数学の絶対値記号(  |2a+3 |  )を見て、
「この2本の棒は何?」

「おまえ、本当に高校行ったのか? ちゃんと卒業したんだろうな」

「当たり前ですよ。だから、この棒は、何? なんか書き分けてんの? 
 学校で見たことありませんよ、こんな棒!」

「嘘つけッ」

「見たことありませんって、ホント、誓います」

「・・・・・・(気を取り直して)じゃあ、先に、2次不等式でも解く練習しようかな」



「むりむりむり、> とか < とか、チョーにがて。あーはっはっはっは・・・」

「・・・・・はあああああ・・・・・」


・・・とまあ、毎日こんな調子。

 それでも「思うところあった」のは、口先だけではなかったようで、10月には仕事をやめて、全力で勉強し始めたのです。毎日の図書館通い。1日8時間以上の勉強が続きます。

「ねえねえ、見て見て、これ。これってさあ、ペンだこっていうんだよね。生まれて初めて見たよ、ペンだこ! すごくない!?」

 実は芯の強い熟女、もとい塾女なのでした。

 さすがに入学試験直前は、不安のあまり弱音を吐くこともあったり、同じく不安に見舞われた塾講師との大喧嘩もあったり、お互い慰め合ったり励まし合ったり(塾講師が慰められたり励まされてどうする?!)して、ついに今年1月、3校の看護学校受験に、一人で立ち向かったのでした。



その結果は・・・



小諸看護専門学校上田医療センター付属看護学校、志望校の佐久総合病院看護専門学校すべて合格!! 


よかったねえ。よかったよかった。新しい人生の幕開けです。おばあちゃん、大泣きしたそうです。
※ほんとによかった!

 しかし、まあ、人生、何が幸いとなるか、分からないものですね。当時はいろいろゴタゴタもあったでしょうが、今となってみれば、お父さんの反対が、却って幸いしました。それまで、受験については賛成も反対も一言もなかったお父さんは、入試の日、「こっそり神社へお参りに行ったのよ」と、あとで、お母さんから聞かされたそうです。

「ねえ、これって、ちょっとした美談だよね、なんか、うるって来たよ」と私に教えてくれたそのすぐあとで、「でもねえ、合格した時の一言が『おれの、お陰だな』なんだよねえええ」

 おいしいとこ、持ってくなあ、お父さん、と二人で大笑いしたのでありました。