聖尋ゼミナールの高3生の塾生といえば、目的は『受験対策』のため、とお考えの方も多いと思いますが、中には推薦入学を念頭に置いて『学校の成績を安定させたい』『苦手な科目を何とかしたい』という希望をもって通う生徒さんもいます。
今年の4月から私が担当した女子高3生(他の講師がすでに英語を見てます)は、学校での数学をもう少しどうにか出来るようにしたい、との事でした。その初対面の時の会話。
「どこの大学を狙っているの?」
「まだ、はっきりとは決めてないんです。推薦で入れるところかなあ。」
「短大? 専門学校?」
「いえいえ、4年制大学を・・・」
「そうかそうか。で、学部は?」
「看護系っていうかあ、それと、養護教諭系も、いいかなあと・・・」
「ふうんそうか。じゃあ、まだ、はっきりとは決まってないんだ」
「両方の資格が取れる大学があって、そこがいいかなあと」
「なんだよ、もう決まってんじゃんか、まったく。でも、まあ、資格を取れるかどうかはまた、別っこだよ。卒業とは別に、資格試験があんだからさ。就職試験だって、またあることだし」「え?」
「看護士の資格試験は、別に、受けるんだよ」「え? え? そうなんですかああー」
「えええ?? もしかして資格込みで卒業できる大学が、あんの? どこよ、どこ?」
「えーと、山梨の方の・・・えーと、えーと」
というように、要領得ないまま始まった数学のマンツーマン講座。
とりあえず、成績を見させてもらうと、一見したところ、基礎力はありそうでした。が、が、ところが、実際に問題を解き始めてみると・・・単純なミスが、多いこと多いこと。プラスマイナスは間違えるは、計算の途中で九九を間違えるは、問題の読み間違いをするは・・・言い直します・・・私の勘違いでした、基礎力そのものに大いに問題があったのです、っつー! あああ、なんつーッ、なんつーマンツーマン、なんつって、なんつって・・・・・・すみません。疲れてます。
なにしろ二次関数の放物線を描かせると、いつも見事に、上下の向きが、なぜか、逆!
「あのさあ、知ってる? 小さい子が字を覚えたての頃ってさ、ひらがなの字が左右逆向きになったりするんだよ。『鏡文字』って言ってね。左右の脳の発達がまだバランスが取れずに未熟だから、よく起こる現象らしいんだよね。うちの子もそういう時期があったっけなあ。ああ、懐かしい。まさか、女子高生相手に、今また同じような現象を見られるとは思いもしなかったよ。ホント。ねえ、ねえ、もしかして、もしかすると、脳の左右じゃなくて、上下の脳の発達が、まだ、これからなのかなあ」
「そ、そういえば、まだ、今でも、脳が発達しているような気が」
「プラスマイナスがしょっちゅう逆になるのも、そのせいかねえ」
「あっ、きっと、そうだと思います。なんか脳の中がいつも、ごにゃごにゃ成長してて」
「なわけねーだろ!! 脳の発達は、もう終わってんだよ。いま何歳だと思ってんの!」
「17才」
「あッ、そう、ああッ、そうッ! そうだ! それ、きっと、たぶんそれ、ウィルスだよ、ウィルス。プラスマイナス逆ウィルス。計算ミスウィルス。上下さかさまウィルス。ああ、やだやだやだ。オレも感染しなきゃいいけど」
「でも、まだ、左右逆ウィルスには、かかってません(きっぱり)」
「あたりめーだろ! 放物線、左右逆にしたって同じ形なんだよッ。だいたい他にどうやって、左右逆に答えられんだよ。数字か? 文字か? 幼児か、お前は」
なんていう私も、生徒が持ってきた初見の問題を解説する場面では、うっかり間違えたりすることもあり・・・「先生、感染しましたね。えへへ」と、うれしそう(く、くやしい)。「あのなあ、オレの場合は、ほとんど問題うつしまちがえウィルスなの。問題をボードに写し間違えた時に、すぐ言えよ。なんでオレが解説し終わってから指摘するの? なあんで、はじめに、口で言わないの? 違ってますよって、すぐに!」
「あははは、私も、感染してるのかも」
「・・・・・」
とかなんとか、講座は続き、まずは迎えた中間テスト。おおー、数学の点数は平均より10点以上うえ。よしよしです。いい子だいい子だ。とはいっても、まだ、期末テストがあります。次こそが大事。そう、そして内申点にも響く、期末テスト、その時が、やって来たのでした。
「どうだった?」「はい、かなりできたと思います」「え? ホント? いやあ、それじゃあ、良かったね。よかった、よかった。結果見るのが、なんか楽しみだねえ」「ええ、自信あります!」と満面の笑顔。
その結果は・・・なんと、答えのプラスマイナスが逆で最初の簡単な3問を落とし、中盤の大事なところで(4-2)の2乗を2と計算して落とし、後半の何問かは手付かずに落とし、あああああ、平均点を割る大失敗!。これで元の木阿弥、南無阿弥陀仏、なんまんだぶなんまんだぶ。
おーいッ!!
「順調です、ってもう、塾長に報告しちゃったんだよ。これ、どうすりゃいいの?!」
「はあ、そうですね。いえ、でも、えーと、けっこう順調ですよ。順調だと思います」
「どこが順調なんだよ、これ。ああ、親御さんに、オレ、なんて言い訳すんだよ?!」
「んん、まあ、でも総合点は伸びてるし、数学はちょっと厳しいですけど、それでも、全体としてはそう悪くもないわけだし、中間テストと合わせれば今までよりはいいので、まあ、そうですね、そうあまり深刻にならないで・・・」
「そういう問題じゃねえだろッ、っーの。『かなりでき』てないじゃないか、数学ッ」
ともあれ、いまさら後の祭りながらも、すぐわかるミスは口頭で確認し、そのほか、彼女が落とした落としてはいけない大事な問題を、心を落ち着けて(わたしが)、一緒に考えながら解説します。
初見ながらも、どうにかミスなく(そのくらい簡単)解説し終わり、ようやく、気も静まって、思わずしらず少し得意げに言ったのでした。「さあてと、今日はウィルス対策でワクチン打って来たから、上出来だったな、うん、ミスもなかったし、おれは。だけどさ、まったく、こう解けばまだ点数伸びたのに。やったじゃない、解けたはずだろ? もう、どうよ。どうなの。これさ、ちゃんと理解できたのか? 大丈夫か?」
・・・と、女子高生、突然バタッと机に突っ伏したと思いきや、すうっと両手を伸ばしてきて「そ、その、ワクチン、わたしにも打って下さいッ! お願いします!!」
感極まって、訴えるように、下から見上げるのです。
「バ、バカ、そんなもん、もう使いきって、残ってないわ」
「うううううううううううう」
しばらくして、女子高生、やおら、身を起こすと、
「ねえ、先生、エンバーミングって知ってます?」
「え? いや、知らない。何、それ?」
「ご遺体をそのまま、きれいな状態にして保存する方法です」
「亡くなった人のこと? まさか、ミイラとかじゃなくて?」
「じゃなくて、人が亡くなった時に、そうすることがあるんです」
「『おくりびと』みたいな?」
「まあ、それと近いんですけど、ちゃんと血をぜんぶ抜いて、きれいな様子にしてずっと保存してあげるんです」
「なんで?」
「なんで、って。えーと、えーと」
「なにそれ、そんなの、知らないよ。なに、なに、なに、そういうのに興味あるの?」
「さいきん、知って、ちょっと・・・」
「死体に?」
「ええ、というか、まあ」
「はああああああ??? 全く、おまえは、もう、ずうっと、ゾンビと遊んでろ!!」
「うううううううううううう」
以上、ほぼ、実際の会話を、お届けしました。
この塾、塾生ともども、大丈夫なんだろうか。
(大丈夫です・・・ by 塾長)